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2012年11月2日金曜日

インドなんてきらいだよ。

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インド編ラストエントリー。エジプトでピラミッドなう!



コルカタから入って今日、ムンバイからインドを出る。1ヶ月以上滞在したインド。

コルカタでボランティアをして、ダージリンでヒマラヤを眺めて、バラナシで沐浴をして、アグラでタージマハルに圧倒されて、アムリトサルでシーク教を学び、ジョードプルで瞑想した。

ぼくインド嫌いだよ。もういいや。この国を出ることにだってせいせいしてる。

もうインドの人の多さに疲れなくてすむ。

無駄にうまい日本語や中途半端な日本語に付き合わなくてもすむ。

平気な笑顔でぼったくりしてくるやつもいなくなる。

バカみたいにデカい声で怒るやつもいなくなる。

道を歩く時、意味の分からないバイク運転とクラクションの音に脅えないですむ。

道ばたにある、臭い牛のうんこもヤギのうんこも踏まなくてすむ。臭わなくなる。

野良犬に吠えられて、追いかけられる恐怖ともお別れできる。

カレー味ばっかりの料理に、不衛生な食事ともお別れだ。



でも、なんだろう。。。好きなものもいくつかあったよね。

使い捨てのコップにいれられたチャイ、お腹を壊しても飲みたいラッシー。

無駄に甘すぎるお菓子の数々。

投げかけてくる意味の分からない男から男へのウインク。

仲良くなるとすぐにブラザーって呼んでくれる親しみやすさ。

遠くからでもかけてくる「コンニチハ!」の挨拶。

一瞬で花開く曇りのない笑顔。その人の人柄を刻み込んだ目尻のしわ。

日本人をほんとうに好いてくれてるインド人たち。

どこまでも透き通った目をした写真好きな子供たち。

汚い国なのに、世界を圧倒させられる美しさを持つインドの建築物たち。


そういえば、ぼくは言葉にならない経験をたくさん積んだ気がする。

もちろんブログに書いてきたことは全部ぼくの経験だけど、実体験に言葉は敵わない。

ぼくの言葉と写真は、"楽しそう"を伝えられればじゅうぶんだ。

だって、本当はこの文章を読む人自身のからだで体験してもらいたいんだから。

読んでくれる人の考えにちょっと入り込んで、ちょっとだけ行動を変えるきっかけになれればいい。

ぼくは毎日ブログを書いてるけど、文章にしきれなかった体験や瞬間が僕の旅にはもっともっと詰まってる。

"世界って本当にきびしくて、たのしくて、やさしい。"

ぼくはいつもカメラを持ち歩いているけれど、困って焦った時にカメラは出せない。

ぼくがいかに旅を楽しんだかは実は写真に残せなかった思い出のなかにある。



インドに入った初日に出会ったムンバイの医学生。
日本でプログラマーとして働き、日本人の奥さんも持つカン。
ぼくを村に誘ってくれた、カシミヤショールのオーナー。
ダージリンでティーをおごってくれたキショールと息子のラウール。
洪水で電車に遅れそうになったとき、バスを降りて一緒に歩いてくれた夫婦。
バラナシの日本人宿ではたらく、お茶目なスタッフ。
夜行列車でぼくの体長不良を気遣ってくれたインド人家族。
ムスリムのイベントに招いてくれた宿のオーナー。


ここに書いて思った。ぼくいろんなインド人に会って、助けてもらって優しくされたんだ。
本当はわかってたけども、あえて嘘をつきました。


どんなに食事があわなくたって、病気になったって、インドにはぼくを優しく受け入れてくれた人たちがいる。
それがあるだけで、ぼくはこの国を嫌いになれなかった。
そして今回は出会うことの出来なかった優しくしてくれる人はまだまだいるって信じられる。




実はインドも最後の夜、真夜中の3時に宿を出て駅まで歩くはずだったけどインド人に助けられた。
道には野犬があふれていて吠えながら追いかけてくる。

バイクですれ違ったインド人がハイタッチを求めてきたから応じたら、戻ってきて「いま歩くのは危険だ」って言って3人乗りで駅まで送ってくれた。

大げさだったかもしれないけど、駅に着いた時きつくそのインド人を抱擁した。
この1ヶ月の旅を無事過ごせたことの感謝をそこに込めたから。






「ぼく、やっぱりインドが好きです。」




電車時間もぎりぎりで、正直歩いてたら間に合わなかった。
電車に乗り込んで安心したら、目からも汗をかいた。
からだが、こころが暑かったからすぐには止められなかった。



ぼくにとってこの国は"カルチャーショック"という言葉におさまりきらないインパクトと人間らしさ、"日本の当たり前に潜むなにが大切か"ということを教えてくれる先生であった。

一生に一度は訪れる価値があるというのはわかった気がする。

"インドにはないものであふれていて、大切なことであふれているから。"

インドは好きな人と嫌いな人に別れると聞く。
でもぼくはまた来たいよ、インド。


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インドには、ないものであふれているのに

目に見えない大切なものもあふれていた。

日本にはないものがほとんどないのに

一番大切なものはお金で買えなくて

ぼくらは困っていることを思い出した。

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今日も読んでいただいてありがとうございました。
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インドはどういう印象だったでしょうか?
次の国のエジプトもにぎやかな国らしいですけどね!

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2012年11月1日木曜日

瞑想のそのさきに。

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インドから大移動を終えてカイロに辿り着きました。


"ひとりになる時間が好きだ。"

いや、それだけだとちょっと言葉が足りない。
誰にも邪魔されずに大自然の音だけにからだをあずける。
そうしてひとりであたまを空っぽにしたり、好きなことを考えたりするそんな時間が好き。

中学校の頃からか、思春期か悩みが増えはじめるにしたがってよく家の近くの川辺に足を運んだ。
川の流れる音に耳を傾けて、そのかたわらに横になる。
川の流れる音をメロディーに変えて、優しい太陽の陽射しを肌で感じた。
部活動に、勉強に忙しくなっても休日にはその時間を作った。
季節には季節の音があって、春と夏のにぎやかさから秋の虫のなく切なさ、冬はしんっとした感じ。
ぼくにはそういうことを感じる時間が必要だった。

世界一周をひとりで果たすことは多くのひとりの時間をくれる。
列車に揺られている時、宿でひとりで過ごす時、見知らぬ街を歩く時。
だけど、本当に誰にも邪魔されないひとりになる時間は自分から機会をつくらないと生まれなかった。
ある土地に少しの間根をおろし、ふとした出会いでその街も好きになる。長居する。

ジョードプルはぼくにとってそんなところになった。

宿で出会った同じ年代の世界一周者、けんと君と出会った。
彼はいまヴィッパサナー瞑想法というのを体験するために約2週間の修行をしている。
終わった後の彼の体験を聞くのが楽しみでしょうがない。
ヴィッパサナー瞑想はあの仏陀によってつくられたものと聞いた。
彼が悟りを開く際におこなった"真実を見るため"の瞑想。
内なる現実をありのままに観察することによって、その本質を理解しようと務めること。
過ぎ去った過去、まだ訪れていない未来を考えることをやめて、"いま"だけに集中する。
効果はひとそれぞれ。
以前より心の落ち着きを取り戻した人もいれば、人生の糧になるいいアイデアが浮かぶ武器になるひともいる。
日本でもできるのでぜひ帰国後、本気で挑戦したいことのひとつだ。


お気に入りの場所があった。
メヘランガル要塞の隣に、ファイナルファンタジーならボスキャラがいそうな山が並んでそびえている。
ヒンドゥー教の神様が祀られるその山は、点在するこの辺りの切り立った山の中でも一番高い山だ。


ぼくはけんと君みたいに、この旅でヴィッパサナに10日間の期間を設けることは出来ないけど、ひとりになって"自分のいま"について考えたかった。
ジョードプル滞在の後半は、連日この山に登って数時間ではあるけど時間を忘れてもの思いにふけった。
ぼくがやったのは"瞑想"なのか、正しいかもわからないから何も言わないけど呼吸に集中して、自分のこころと会話をした感覚だった。
こころと話すときは考えるけど、それはあたまで考えて出た言葉ではなかったと思う。
あくまでも、こころの中での会話だった気がする。


圧倒的な景色を眺めながらの瞑想は、呼吸に集中するのにちょうど良かった。
ラジャスターン地方特有の砂漠らしい大地、ごつごつした岩山が地平線の限り続いていた。
世界の大きさをみせつけられて自分をちっぽけにも思ったりするが、いま見渡す限りのこの土地で一番高い山に勝手に登っている自分の人生に最高の自由も憶えた。

夕日は大地をオレンジに色に照らした後に、ゆっくりと月と役目をバトンタッチした。
美しいその夕日も、違う土地の違う国の、夕日になる役目がある。





瞑想しに山に向かおうとしたある日、同じ宿に泊まっていた"すがたさん"と一緒に山に登ることにした。

すがたさんはインド伝統音楽に魅せられて、インドまで歌の練習をしにきている。
いまの師匠に当たる先生に出会って、即興で作り出されるその音楽を生で聴いた時にまるで彼が音楽を奏でるところに宇宙が広がって、そこに浮かぶ音符を触ると音が鳴るというように見えたといききと語ってくれた。

「音に色があったの。だから"音色"って言葉の意味が凄く分かったの。」
ぼくはその言葉をそのまま信じて想像した。こころがわくわくした。
そんなものはないと笑うことは簡単だけど、その感覚があるとしたらそれを知らずに生きるのはもったいない。
ぼくは知りたい。
「いつかすがたさんが歌を習い終えたら聞かせてください。そしてぼくにその音の色をみせてください。」
そう本気でお願いした。
もう一度言うけど、そんなものはないと笑うのは簡単だ。
でも、ぼくはそれを聞いた時わくわくがとまらなかった。

その世界がもしあったと確信できたとき、それはその笑った人に伝えられるかわからないけど、僕の人生はまた最高に気持ちいいと思う。
大人が"無駄"で片付けることの中に"人生の楽しむ秘訣"は転がっているんだから。

すがたさんは音楽に魅せられて、その前の好きだったカウンセラーの仕事をやめてまで、インドの伝統の歌を練習しにきてた。
夢をみつける時期は人によって違う。
夢に気づくのに遅すぎたと嘆くかどうかも自分次第。
すがたさんが歌う時、音楽の話をする時の笑顔は輝いていたから
これから必死になって夢を追う僕もその勇気を分けてもらえた。

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世界は広すぎて知らないことだらけだ。

でも、それが経験と感覚に変わっていくことが

なによりうれしくてたのしい。

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けんと君のブログ、"Kentoは世界に通ずる"はこちらから。

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2012年10月30日火曜日

"この命"をいただきます。

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血の画像がありますので苦手な方は見ないでください。
下には宿泊した宿がありますのでそこはぜひ。


宿の前にヤギがいた。毎日玄関で見かけるヤギ。

もうすぐイスラム教徒のお祭りの日が来る。ヤギはそのためだった。

その日はヤギの鳴く声がたくさん街に響いた。


すこしグロテスクな写真に気分を悪くしそうな方は一気に下のほうまで飛ばしてください。





あっという間にその作業は行われた。

からだを押さえられたヤギが必死に抵抗しようと力を入れ、野太い声で叫ぶ。

ナイフが首にあてられる。

首の血管は切られた。心臓の鼓動とともに血が躍り出る。

それでもヤギは生きていた。必死に必死に生きていた。

目を大きく開いて、呼吸をしようとしていた。

押さえられたからだを必死に動かそうとしていた。

床は血で赤く染まる。ヤギの大きなからだはもう動かない。





ぼくの目の前で今ひとつの命が終わりを告げた。

そしてその肉は人間が生きていくための糧になる。

皮を剥がれ、肉を切られ、骨を断たれ、ヤギは小さくなっていく。



日本では見ることのないひととき。残酷だけど現実的で貴重な体験。

一度、空気を吸うためにその場を離れて屋上に上った。

大きく息を吸って考える。

いまみたものは非日常の世界だった。異国の風習。

でも、これからする"肉を食べる"というのは日本でも日常の世界。

パックに詰められた肉の裏側にも同じ世界がある。

でも、日本人はその感覚をもう持っていない。

「"この命"をいただきます。」

口に入ったその肉は味よりも、そのさっきまで動いていた命を感じた。




その肉をみんなで囲んでの食卓。

いままでで一番重い「いただきます。」 想いを込めた"いただきます"。

命の重さを比べられることなんて出来ない。

このからだもまたいままで"いただいてきた"命から出来ている。

だからいままでの食事にも感謝しなければいけなかった。





ジョードプルでは"ダイアモンドゲストハウス"にお世話になった。

韓国人、日本人、ドイツ人に人気の"ディスカバリーゲストハウス"と姉妹店でもある。

どちらもWi-Fiフリーで部屋もきれいで快適なゲストハウス。

ぼくは結局ここに8日いたのか。。。

見るものが多いわけでもないのに不思議と居座れる居心地のいい街。

宿の屋上からはメヘランガル要塞が望めた。



開放感のあるここの屋上が好き。

偶然にここで出会った仲間が出来て、この旅初のテーブルを囲んでお酒を飲んだり、

大富豪をしたりして夜を騒いだ。忘れられない思い出だ。

旅を終えた頃に、また東京で会えるのだから楽しみ。

「また会おう。」再会の約束がいつにもなく嬉しかった。


左がダイヤモンドを経営するラクスマンで真ん中の女性がインドの音楽を学ぶすがたさん。

そして右に座るのが宿のオーナー、ハゲ丸。

会うといつも「ハゲ丸、カミング!」といって笑わせてくれた。

下手くそな小島よしおのモノマネが出来るのがツボ。

でも本当は真面目で家庭を愛して、優しさにあふれた人だった。

「問題ない?」そういつも気にかけてくれる言葉が嬉しかった。


ラクスマンとお付き合いしていて4年、6ヶ月毎に日本とインドを行き来するさちこさん。

ちいさなケンカが多いふたりみたいですが、好きだからケンカできるんですもんね。

ただ文化の異なるひとと付き合うのはほんとに大変だなと感じさせられます。


ディスカバリーのオーナー。とっても優しいです。

そして娘のアクセラ。ボーイッシュだけど天使みたい。


ここのオーナー家族がとても素敵だった。体調の悪いぼくもここには安心していられた。

この宿との出会いに、この宿が生んでくれた出会いに感謝します。



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食べるってことは生きること。

食べるってことは何かの命をいただくこと。

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2012年10月28日日曜日

ブルーシティーとONE PIECE

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ジョードプルについて2日は安静にして過ごした。

というのも、身体の調子はそれほど悪く感じられないのに

体温が39度をキープし続けるというインドな症状に見舞われたから。

その熱は日毎に1度づつ下がっていき、いまではもう平熱にまで体温が戻った。

なんだこれ。

「変わっている」という言葉の代名詞が「インド」という国名になってしまいそう。

「うわ〜それインドだね〜。」「ああ、インドだ。」「インドだもん。」


言葉の表現が貧しくなってしまいそう。

しかし、インドな体長不良に襲われた僕は残りの10日程のインド滞在日程を移動を繰り返して、都市から都市へと渡り歩く体力は残っていなかった。

ここジョードプルでの滞在をインド最後に決める。


ジョードプル1番の観光名所でありシンボル、メヘランガル要塞。

白赤黄色緑で彩られた数多くの旗が訪れた人をもてなすように頭の上で軽くはためく。

マハラジャに所有されているこの城は美術館にもなっている。

数多くの美しい色使いがなされた絵によく足を止められた。


途中の景色にこの街が"ブルーシティー"と呼ばれる所以が見てとれた。

旧市街にひろがるその家々。はじめはカーストの最上級、バラモンの家を区別するためだったらしいがその文化がそのしたの階級にも伝わったと聞いた。

僕は空の色のようなその青が好きだ。ツバメが空を舞い、風が街を通り抜ける。


ここジョードプルはONE PIECEのアラバスタの一部舞台にもなった地。

僕がこの街を訪れたいとおもえた理由のひとつ。

メヘランガル要塞の中には銃犬ラッスーやゲストハウスが集まるエリアにクロックタワーと呼ばれ、

ONE PIECEではトリトリの実能力者ペルが爆弾を運び出したシーンのモデルがある。

自分を犠牲にして国を守ろうとする描写のひとつひとつが力強く美しく切なくて泣いたな。

僕の好きなONE PIECE〜アラバスタ編〜の話をさせてください。



僕がONE PIECEを好きな理由は世界中の、世の中の問題を反映して、その問題を自然なかたちで読む人の心に投げかけてくれるから。

現実社会にも存在する昔から繰り返される問題、今を生きる人間が避けてしまっている大きな問題の壁に向かって物語は進み、いずれそれを突き破る。

今の人間が出来ていないことのお手本になるかのように、この本のキャラクターは真っすぐで、人間臭い。


アラバスタ編では"権力者"であるものの身の振り方に感心した。

国のために一心に革命を止めようとするお姫様ビビ、

なにが国にとって1番大事かをしっかりわかっている王様コブラ。

ビビがある時疑問におもい、問いかけます。

—「国ってなんだろう?土地を治めるものが変わっても人々は生き続けてる。文化も暮らしも国が変わってもそれらが変わらないのであれば無理に国を守る必要はないんじゃないかなって。守るべきものはきっと他にあるんだわ。」

それに対してコブラは答えを持っていました。

「国はひとなのだ。」

最後まで革命軍と戦うことを避け、いざとなれば300年歴史のある宮殿も捨てます。

空から雨が降り、クロコダイルに踊らされていたことに気づいた革命軍。

もとは同じ国の国民、その後悔の念が一気に自分たちに押し寄せてきたところでそれを許すコブラの言葉は重さがありました。


 人を信じた王様でした。その後、ワンピースでこの国は急速に発展していきます。

決して不思議には思いません。人を大事にする国ですからね。

王様コブラの言葉「国はひとなのだ。」はとても深みのある言葉。

現代では"その国らしさ"というものがある。

それを醸し出すのはその国の政府ではなくて、その国に住む人。

なにか国の決断に不満がある時、"政府"という中身のみえない組織を批判するのではなく、

見るべきものはやはりひと、人間。リーダーが違えば国の方針も変わる。

ある国のひとりの人間は道ばたにゴミを捨てる。

ある国のひとりの人間は道ばたのゴミを拾う。

ある国のひとりの人間は他人の席を奪うことに必死になる。

ある国のひとりの人間は老人、子供に席をゆずる。

一人一人の行動から国の文化はうまれていく。

「国はひとなのだ。」

この言葉はなんだか忘れちゃいけないような気がするんだ。

遠い過去に活躍した大砲が城下を見据えて置かれていた。照準は未来へ。


今日も読んでいただいてありがとうございました。
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現在40位以内目前!!
明日は僕の将来の夢について書くと思います。
恥ずかしくなければ。。。。

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昨日に引き続き告知です。
twitterでも大人気になっていてOBとしてとても誇らしいです。
足を運べる方はぜひ!

10/27(土),28(日)
『国際フェスティバル世界市2012』

~世界の飲食と雑貨が集まる祭典~

“見つけて、感じて、きみだけのセカイ”

※イベント内容の詳細や、昨年までの様子はこちらからご覧いただけます⇒

 http://sekaiichiweb.com/?page_id=6366

※随時更新予定



海外ビールを飲みたいキミ!

海外料理が食べたいあなた!

かわいい海外雑貨を手に入れたい方!

一緒に世界市でワクワクしませんか?

日本にいながら世界中を旅している気分になれますよ♪



以下、イベント詳細になります。
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『国際フェスティバル世界市2012』

~世界の飲食と雑貨が集まる祭典~

“見つけて、感じて、きみだけのセカイ”
主催:学生団体世界市プロジェクト 


【日時】10/27(土)11:00~20:00

     10/28(日)11:00~18:00
【場所】さいたまスーパーアリーナけやきひろば

   (最寄駅:さいたま新都心駅、北与野駅、徒歩1分)
 ※入場無料
************************************************



【イベント内容】



[28(日)]
▼『僕らの音楽~世界はたくさんの音であふれてる~』

(27日12:00~/16:00~、28日14:00~)

世界各地の民族音楽を生演奏!!美しい音に耳を傾けてください!



この他にも世界の魅力が感じられるイベントを多数ご用意しております。



ジャマイカ、ペルー、アラビア料理といった珍しい料理から、

ロシア、オランダ、インド雑貨…といった様々な国のかわいい雑貨まで、

世界中の海外料理や海外雑貨が大集結した「国際フェスティバル世界市2012」、

ぜひ10/27(土)28(日)はけやきひろばにお越しください。


皆様のご来場をスタッフ一同心よりお待ちしております。


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2012年10月26日金曜日

批判を自分の中に向けて。

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現在ジョードプルにてゆっくりしてます。


アムリタ・サロヴァルと呼ばれるシーク教にとって神聖な池を前に足を組んで祈る。

「不老不死の霊水」という意味を持ち、この地の地名アムリトサルはここから由来する。

その池の中央にあるのが黄金壮麗な彼らの聖地ゴールデンテンプル。

中にはいると、その寺院を囲むように4方向に入り口がある。

これはいかなる相手にもこの聖地を解放しますというシーク教の寛容さの象徴。

真っ白な建物に囲まれ、独特の音楽がまた神聖な場の雰囲気を醸し出す。

床に敷かれた大理石が僕の足の裏をひんやりと冷やしてくれた。


たまに見かけるターバンを巻いた、恰幅のいいインド人をご存知だろうか。

笑えばどことなく可愛らしく、戦えば屈強な戦士になる。彼らがそのシーク教の信者。

彼らは髪を切らないし人に見せてはいけない、しかし肉は食べるしお酒も飲む。

ヒンドゥー教とイスラム教を批判的に融合してうまれた宗教。

「真理の教えにもどれ。」

開祖シク・ナーナクは解釈に溢れ、ある特定の人間の都合の良いものになってしまっているそのほかの宗教のことを批判した。

"批判を自分に向けられる宗教"だと感じた。

宗教の起こりは完璧な教えのように語られるけど、集う権力のせいで道を逸れることが宗教にはよくある。

しかし、このシク教には絶対的な権力者がいなかった。

偉くなっていくごとに、人は自分を過信する。

宗教も同じように権力を持つと傲慢になる。

ぼくが信頼する人は、批判の矢印を自分に向けられるひと。

日本の政治家の言葉が信用しにくいのはなぜだとおもいますか?

それはただ相手を批判しているだけで自分を見ていないから。

日本の国民が言わなくてもあなたもそうなんじゃないのと感じているから。


シーク教はヒンドゥー教の輪廻天性を肯定し、イスラム教と同様にカースト制度を根本的に否定している。

唯一の神に対して万民は弟子であるという姿勢をとり、宗教、身分、人種、性別あらゆるものはみな神のまえでは平等という信念がある。

"どの宗教も信じる神の根本は皆一緒である"

ぼくはこの考えが自分の宗教に対する考えと一致してシーク教に一気にこころを引き寄せられた。

"人間の幸せ"ってそんなに変わらない。

家族を愛して、自分の人生を愛することが出来ればいいだけだ。

みんなそれを目指すだけでいいはずなのに、人間は武器を取る。

他人の家族を壊してしまう。

シク教徒に神様はいない。

そのかわり"真実"という概念が聖典としてあるのみ。

僕の信じる"真理"とよく似ているのかな。

"人間が人間らしく、よい人間であろうと悩むこと"それが僕の宗教。

むずかしくて説明なんてひとにしないけど、そこでは矛盾も答えとして喜んで受け入れられる。


世界中にあるどこのシーク教の寺院でも誰にでも無料で食事が提供される。

赤いシートに座り、誰もが並んで平等に食事をする。

ヒンドゥー教徒がカーストが違うものと食事を一緒にしないのをシーク教は批判する。

 この写真は僕がタイのバンコクで通ったシーク教の寺院。

無料で朝ご飯が食べられると知って行くと優しく歓迎を受けた。

そのときがぼくとシーク教の出会いの始まりだった。

「ぼく、あなたたちの聖地アムリトサルにいくよ。」

そう告げると配膳係のおじさんが「そうかそうか。」と可愛く笑って僕の皿を大盛りにした。

食べきれない程の量に僕は目を丸くした。



シーク教はお金持ちだった。インドで信者数は2300万人。

インドの総人口が10億と考えると、とても少数派になる。

しかし、彼らはインド人のターバン着用を世界に印象づける存在につながった。


シーク教成立時から裕福で教養があり教育水準の高い層の帰依が多かったことから

社会的に活躍する人材を多く輩出し、ビジネスでも海外に渡航し活躍したインド人に彼らが多かったから。

インド国内でも、スタッフは細いインド人、オーナーはシーク教の方であることが少なくなかった。



彼らには昔から勇敢に戦ってきた魂の強さと、物質的にも裕福で、心のゆたかさがある。

そして、彼らの聖典"グル・グラント・サーヒブ"がある。

どんな文章で彼らに真実を語りかけるのだろう。

英語の翻訳を読んでみようと思う。

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世界では少数ということが注目されることが数多くあった気がする。

悲しい紛争やユダヤ人迫害もそうだ。


しかし、少数派にはすごいちからも秘められていると思う。


ユダヤ人のお金持ちがおおいこと。


シーク教もまたおなじように、そして独自の教えを守る。


ひとつ、忘れがちなことがある。


僕たち日本人もほんとに小さな島に暮らした


少ない民族であること。


でも、僕らの日本は本当にすごい。


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2012年10月25日木曜日

遠くからタージマハルを。

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アグラ城。

他の多くのインド人にとってもそうであるように、あるひとりのお年寄りにとっても

すこし遠くに見えるタージマハルを訪れることは夢であった。

その人はそれなりの身分で、王様の住むアグラ城に住んでいてそこの城からもタージマハル景色を望むことが出来る。

手が届きそうなくらい近くにあるようにもみえるのに、その人には事情があって城の外に出ることが出来ない。

しかし実はそう遠くない過去、タージマハルが建設中の頃には特に、その人はその近くによく行くことが出来ていた。

果てはヨーロッパからも集められた職人たちの働きも知っている。

職人たちの手際の良さによく見とれたものだった。

インド周辺諸国から集められた色とりどりの大理石、宝石のことも知っていた。

美しく汚れない白の大理石に、それぞれの色を閉じ込めた大理石が埋め込まれていく。

その世界に誇るタージマハルがひとつひとつかたち造られていくのを

大事に心配そうに見守っていた時期がそのひとにもあった。

22年の歳月を経て、出来上がったその建築物の凄さは凄まじかった。

その人の目からは自然と涙が溢れた。

それを見上げる職人たちの誇らしげな顔を覚えていたりもする。

職人たちも肩を寄せて喜びあった。




しかし、いま彼が住むアグラ城もなかなかの美しさを誇る十分な城だった。

何しろそこには強力なムガル帝国皇帝がいるのだから、それもそのはずである。


内装に関しても、タージマハルに負けぬとも劣らない装飾がされてある。

そのひとにはいつもタージマハルを眺めるお気に入りの場所があった。

朝目覚めると朝靄に包まれたすこし遠くにあるタージマハルがすこしづつ、

次第にはっきりとその形をみせてくれるようになるまで眺めるのが日課だった。









 お気づきの方もいるとおもう。





実はこの話、嘘だ。





ぼくが話している"その人"とはムガル帝国5代皇帝シャージャハーンのこと。

タージマハルを建設したことで民衆に重税を課し、批判を集めたことで皇帝の座を息子アウラングゼーブに奪われ、幽閉されたシャージャハーンである。

皇帝の座を奪ったと悪いように書いたけど、実際は莫大な国家財産を使っていたシャージャハーンのほうが悪者に近い気がする。

歴史は視点が変わると、ストーリーも変わる。

タージマハルの人気で歴史はシャージャハーンに味方した。


そしていま書いてきたことはぼくの勝手な空想、想像。

感動してくれた人がいたら、ごめんなさい。

でも、空想に浸れる素晴らしい心の持ち主だとおもいます。

きっとそういう気持ち大事です。

 アグラ城を美しく彼の気持ちで語ったつもりだったが、実際の彼の気持ちはそうでない。

きっとタージマハルのそばに暮らしたかったに違いない。

自分が莫大な資金と想いを込めて造らせたそのものに敵うものなど、もうこの世になかったはずだから。

その装飾の美しさもやはりタージマハルのほうが勝っていた。

いま上に見てきた写真たち、その景色は彼にとって牢屋からの眺めだった。

もう一度使うこの写真。


彼はこうやってでしかタージマハルを見ることが出来なかった。

彼はもっともっと大きく造れば良かったとおもったかもしれない。

ツバメのように飛んでいきたいともおもっただろう。

彼はタージマハルに眠る愛妃ムムターズのことをおもっただろう。

その対岸にそびえるはずだった、黒いタージマハルもなんども夢に描いただろう。


この庭を何度突っ切って門を抜けられるかも考えたとおもう。

ここの美しい部屋も彼にとってはただの部屋に過ぎなくて、ここから飛び降りて死にたいともおもったかもしれない。

歴史が視点が変われば語られ方も違うように、シャージャハーンの気持ちで語るとこの場所のストーリーもまた違う話に聞こえてきます

今日はちょっと悲しいお話ですみませんでした。

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