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2012年12月4日火曜日

旅で英語出来なくてもいいですか?—「ダメです。」


はじめて訪れていただいた方、ありがとうございます。
僕の旅エントリーのおすすめです。ぜひ、読んでみてください。
〜風景〜
また会いたくなるところ。   チェンマイにある日本人の知らないダムに浮いたゲストハウスの記事。
自分だけの景色を探して。   ダージリンで眺めた茶畑の美しさに目を奪われた。

一生一度の沐浴。       インド人と並んでガンガーに浸かる。一生に一度の経験。
瞑想のその先に。       インド、ジョードプルで瞑想に挑戦してみたときの場所が絶景。

ダハブな生活。        海に、街に、人に恋してしまうダハブの日常の魅力。

〜想い〜
欠けたもの、気づけたもの。  いざ世界一周に出て知った自分の弱さや本当に求めていたもの。
時間と僕。          小さい頃、時間は友達だったはずなのに。。。いまは競争相手だ。
チャイのコップは投げられた。 コルカタで道を歩いていたら、、、どう受け止めるかの葛藤。
愛はいつも行動の中にある。  昔の恋愛で見えなかったことがすこしづつ見えてきた時。
インドなんて嫌いだよ。    だれがこんな国をすきになる?。。。。。でも、僕は嫌いになれなかった。
夢を見つけた時。       人は夢を探してるのに、本当に見つけたらどんな気持ちになるかな。ぼくは。。。


ある世界一周者のブログの文章。 
僕が世界一周ブログを書くにあたって考え方を参考にしたブログ。
僕のブログが終わる時、僕自身がこんな人間になっていたいし、読む人にもその考えが伝わるように。 


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過去の記事の修復をしています。ほぼ完了しましたが一部、まだ画像が消えたままの状態です。
少々お待ちください。


世界でも有名なアメリカのカリフォルニア大学教授と生徒との会話にこんなのが。。。



生徒「先生!僕、旅に行きたいんですけど、英語できなくてもいいですか?」

教授「うん、ダメです。それなら行ってはいけません。」

生徒「え、それはどうしてですか?」

教授「英語が出来ないと、乗り物の運転手やお店で高い金額を要求されるかも知れないよ?

美味しい料理のメニューを選ぶことだって出来ないよ?

世界遺産の説明なんてまったく理解出来ないよ?

他の海外のバックパッカーとなんて友達になれないよ?友達だと思ってるのはきみだけさ。

みんな自分の無力感を感じて帰ってきて、"英語を勉強したい"と意気込むけど

旅の楽しい思い出から都合のいいことばかり思い出して、みんなそのことはすぐに忘れるけどね。

きみはわざわざ旅に出てまでそんな辛い想いをしたいのかい?」



生徒「.........僕、旅に行きたくなくなりました。みんなと授業で騒いでるほうが楽しいです。でもきっと英語の勉強は始められないだろうな。」


教授は自分の意見で生徒を納得させられたことに満足し、

生徒は教授の答えを聞いて、目の前にあったはずの光を失い、うつむいたまま教室を後にした。




この話を聞いてどう思うだろう?真実でもあり、嘘でもある気がする。

なにが真実で何が嘘かは人によって変わるかもしれない。

そこの判断は読む人に任せるけども、この先は僕個人の意見として勝手に書く。

とりあえず100%嘘と言い切れる部分は、この会話のストーリー。

僕が勝手に考えたものだし、気づいた人は鋭い?と思うけど、

「アメリカの大学の生徒がなんで英語できないんだよ。」ってさ。


有名なアメリカの大学の名前でつられて、本当は自分の意見とは違うのに、

無意識のうちに自分を納得させてしまっていたかもしれない。

日常にそんなことって多いかもね。


「あなたなんかにわたしが落とせるかしら。」

"英語のジョーク"が口から出るようになったら、あなたの恋愛対象は日本規模から世界規模になる。

そんなだれかの勝手な妄想がきっかけでもなんでもいい。旅のきっかけとおなじように。

ここまでアジアを旅してきて、思った英語の必要性をここでひとつ区切ってまとめておくことにした。

旅を終えて総まとめもするつもりだけど、この先のヨーロッパでの英語の意義と

アジアでの英語の意義はなにか違うものがある気がするから。



僕の意見は"英語は必要だよ!!"って声を大にして言っておきたい。



「英語が出来なくても旅できる、楽しめる。」

そんなの言われなくてもみんなわかってるよ。

僕も旅を終えた時、人の可能性をはばめたくないからきっとそういうけども

僕の旅を終える前にそう主張しておきたい。 今回は"目的"とかは少し抜きにしてお話ししますね。

下記には役立つこと、困ることなど。。。

懐かしのニューホライズン。

アジアで出会った欧米人との会話で本当に友達になれた時、活きてくるのはヨーロッパ地域でだ。

高い物価の国を旅しなければいけない中で、宿を提供してくれる顔のわかる人がいればどれだけ安心出来ることか。

全部は理解出来ないかもしれない、でも日本のガイドブックとは違う見方でよかった街や国を教えてくれる。

そんなことはみなさんも知っている通りで想像もつくと思う。

僕の体験から言わせてもらう、"英語ができること"の効能は3つあって



ひとつは、"自分のこころを疲れさせないこと。"

ふたつめは"日本語が話せる商売人を調子にのせないこと。"

みっつめは"困った時に助けてくれる人が格段に増えること"



"自分のこころを疲れさせないこと。"

英語で話しかけてくるタクシーの運転手にいちいちビビる。それを何度繰り返すのか?

「もう慣れてきた。」

そんなのはあたまの中でつくったシュミレーションでしかなくて、

確かにどこでも使えるかもしれないけど、思考は止まっていて臨機応変には対応出来ない。


旅をしていて、英語がしゃべれないひとと一緒にタクシーに乗る機会があった。

「はやく行けよ!ルール変更?どうせ嘘だろ。こいつはやめよう。」

その人はさんざんドライバーを罵倒し、飛び出した。

ドライバーもお客さんを逃がしたくないし、だますつもりもないから必死に引き止める。

「離せ、バカヤロウ!!」日本人って本当にキレると日本語でしゃべる。どこの国の人もそうかな。。。

僕はただただ席に座って、それを心配しながら眺めていた。


僕はドライバーがルールが変わったと話し、その根拠、論理にずっと耳を傾けていて納得出来るもので、

むしろ旅人の安全を図る為のルール変更だった。


結局、彼は僕が説得して最終的にその値段で苦笑いをして乗り込んだ。

空気を良くしたくて話しかけるけど、ドライバーの顔に笑顔は戻らない。

印象からの情報も大事だけど、それだけじゃどうにもならないときもある。

「NOだけじゃ断れないから、声を張り上げないといけない。」

ただ見ている僕でさえも心が疲れた。きっとその人はもっと疲れていただろう。

そんなのに慣れないでほしい。心の強さ?それは違うんじゃないかな?

前に書いた記事で言葉が人柄を表すって書いたけど、英語もそうで、

そのドライバーの話し方、使う言葉でその人の雰囲気や性格って見えてくる。



"日本語が話せる商売人を調子にのせないこと。"

日本人はなめられてる。英語が出来ないから、歩き方もって迷ってるから。

日本語がしゃべれる商売人にとっては、アヒルがたくさんお金持って来てくれたように見えてるんじゃないか。

"日本語しゃべれるやつにろくなやつはいない。" でも、たまに日本好きの人もいる。

「そんなやつとは話さない!」

そんなことを決め込んでいても耳に入ってくる言葉に惑わされる。

一度返事をすると彼らは一気に調子に乗る。練習成果の発揮のしどころだ!

彼らの重ねた経験がものを言い、笑顔の裏で機械的におなじように日本人旅人を誘導する。

知らない土地で情報のまとまらない日本人旅人の頭とは違って、彼らの頭は冷静で落ち着いている。

その立場を対等以上まで持っていくのが英語。

彼らも英語が得意なわけではない。言葉をあたまの中で探してから口に出す作業を重ねていくうちに

"彼らのあたまの中に旅人をうまく誘導することを考える余裕がなくなっていく。"

ひとつめにもつながるけど、大きな声を出さずに会話は淡々と僕のペースで進んでいった。

ぼくはこんな感じでぼられることはほぼなかったし、

逆に彼らと会話したことで、商売を超えて最後は笑顔で別れることも何度も出来た。


"困った時に助けてくれる人が格段に増えること"

詳しく語る機会がなかったけど、これこそ旅して最も実感すること。

ホテルから電車に乗る為にバスで行こうとしたら膝までの洪水に渋滞が重なり、まったく身動きがとれなくなった時があった。

ぎゅうぎゅうのローカルバスに、場違いな旅人。

ふとしたきっかけで少しずつ言葉を交わし、心を交わした夫婦がいた。

「バスでは間に合わない。歩いたほうがいいかもしれない。」そういわれた。

その通りだと思い、どこかもわからない道に降りる。

すると「着いてきなさい。」雨の降るなか、膝までずぶ濡れになりながら僕らを送り届けてくれた。

僕はただその背中を追いかけることしか出来なかった。

表現していい、感謝の言葉が見つからなかった。これはインドでのことです。

言葉を交わさずとも助けてもらえたこともあります。

でも、いつもそうやって助けられるのを待ちますか?


サフランボルのエフェゲストハウスのおかみさん、

ヤスミンさんは日本語も含めた8カ国語が文法もしっかりと話せる。

学校で勉強したのではなくて、訪れる旅人から言語を学んだらしい。

きっとそれは子供たちにも引き継がれるだろう。

宿の名前の由来、男の子のエフェが将来ゲストハウスをまかされた時、

そこはどんな旅人にとってももっと居心地のいいところになってるかもしれない。

そしてエフェは世界のどこでも誰とでも言葉を交わして、楽しめるチャンスを持てるかもしれない。

その一方で、日本人は会話が出来なくて会話に置いていかれるかもしれない。

"日本"っていう国自体も世界に置いていかれるかもしれない。



環境は多くの意味でとても大事で、僕自身フィリピン留学を経験している。

でも留学だけが環境ではなくて、好きな海外ドラマにのめり込むこともひとつの環境要因だと思う。

日本アイドルが好きで、日本語を学んですらすら話せるようになったタイ人や

日本のドラマにハマって、日本に来る前から流暢な日本語を話せる台湾人の友達を僕は知っている。

彼らに"環境"ってもっと小さいことから始められて、案外近くにあるものなんだと思わされた。

高いお金を払うことでも、海外に行くことだけでもなくてさ。



「旅に英語なんてなくてもなんとかなる。」

建前はいくらでも誰にでも言えるけど、僕は僕が知ったその奥にある"楽しさ"を知ってもらいたい。

英語を学ぶという楽しさも。


最後にひとつ、教授の話。

教授「あ、ひとつ言い忘れた。英語も出来ない"愚か者"でも

笑顔の裏に悔しさを忘れない、自分の弱さを知っている

"賢い者"だけは特別許すよ。思いっきり旅してこい!」



この言葉は嘘でしょうかどうでしょうか?

おしまい。
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長かった。。。次の記事は僕の残りの旅の期間についてかな!
上位に入るまであと2枚くらい壁を超えなきゃいけないと思ってます。
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2012年12月2日日曜日

頭を使おう。"世界遺産"を見るならさ。


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〜風景〜
また会いたくなるところ。   チェンマイにある日本人の知らないダムに浮いたゲストハウスの記事。
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一生一度の沐浴。       インド人と並んでガンガーに浸かる。一生に一度の経験。
瞑想のその先に。       インド、ジョードプルで瞑想に挑戦してみたときの場所が絶景。

ダハブな生活。        海に、街に、人に恋してしまうダハブの日常の魅力。

〜想い〜
欠けたもの、気づけたもの。  いざ世界一周に出て知った自分の弱さや本当に求めていたもの。
時間と僕。          小さい頃、時間は友達だったはずなのに。。。いまは競争相手だ。
チャイのコップは投げられた。 コルカタで道を歩いていたら、、、どう受け止めるかの葛藤。
愛はいつも行動の中にある。  昔の恋愛で見えなかったことがすこしづつ見えてきた時。
インドなんて嫌いだよ。    だれがこんな国をすきになる?。。。。。でも、僕は嫌いになれなかった。
夢を見つけた時。       人は夢を探してるのに、本当に見つけたらどんな気持ちになるかな。ぼくは。。。


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昨日のエントリー更新遅れました、良ければどうぞ!

あなたの旅にどんな本を持っていく?



 「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」


世界遺産認定を行う"UNESCO"の設立の目的とその精神。

訪れた街はサフランボルっていう、小さくて街並みが美しい街に朝がやってきた。


この街全体が"世界遺産"として登録されている。

世界の教育、文化、科学の発展を推進するのがUNESCOの役割。

識字率の向上や義務教育の普及を通じて、世界の文化の多様性に対する認識を高めるために活動している。


僕が世界遺産をどうこう語れるほど詳しくなんかないけども

旅立つ前に受ける機会があった"世界遺産検定"

お話を聞いた時にまたひとつ世界がひろがったと感じる話があった。

そして僕がこの旅で"世界遺産"を訪れるたびに意識していること。


"何が認められて、そのものが世界遺産になったのか。"



そこを歩んだ人々の歴史が石畳の岩の角をとって丸みをだし、

木でつくられた家屋に壁は土で固められた家々は温かい雰囲気を醸し出している。

小さい街にも立派なモスクがあり、かつて黒海と地中海を結ぶ交通の拠点として栄えた歴史も感じさせられる。

遠い昔に、この地をラクダを連ねたキャラバンが行き交っていたことを想像した。




(iv) 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。 

世界遺産登録基準の文章を借りるとこうなる。


この街はそんな17世紀、18世紀に建てられたその民家と



残された数々の歴史的イスラムの建築物ひっくるめて"世界遺産"に登録された。


そんな可愛い街並みが、そのまま可愛いハンドメイドのおもちゃの家になったり。


感性を解放してその場の雰囲気に染まるのも大好きな僕だけど、

ふっと落ち着けたら、あたりにある小さなもの、繊細な模様にも目が届くようになったら

ゆっくりと思考を、想像力を動かしだす。

目で入ってきたものから、次はあたまの中の想像の世界を見るのが好き。



登録条件は他にもこんなのがある。いま旅している人にはよかったら参考になれば。



〜文化遺産〜 すぐれた普遍的価値をもつ建築物や遺跡など。 
登録基準
(i) 人類の創造的天才の傑作を表現するもの。
(ii) ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、町並み計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(iii) 現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠となるもの。
(iv) 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。
(v) 特に、回復困難な変化の影響下で損傷されやすい状況にある場合における、ある文化(または、複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土地利用の顕著な例。
(vi) 顕著な普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学的作品と、直接に、または、明白に関連するもの。 

明確な定義はありませんが アウシュヴィッツ強制収容所 、原爆ドーム など負の世界遺産と呼ばれるものも含まれます。

〜自然遺産〜 すぐれた価値をもつ地形や生物、景観をなどもつ地域。
登録基準
(i) 地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには、生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、あるいは、重要な地形的、または、自然地理的特性などが含まれる。
(ii) 陸上、淡水、沿岸、および、海洋生態系と動植物群集の進化と発達において、進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。
(iii) もっともすばらしい自然現象、または、ひときわすぐれた自然美をもつ地域、および、美的な重要性を含むもの。
(iv) 生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには、科学上、または、保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種が存在するものを含む。 

〜複合遺産〜 文化と自然の両方を兼ね備えるもの。
登録基準 自然遺産と文化遺産の登録基準。 

〜危機遺産〜 後世に残すことが難しくなっている世界遺産。
「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」の認定とは別に、世界遺産の保存状態や周辺環境などを基準にして認定されます。
地震、風化などによる天災・自然現象に起因するもと人災( 戦争・民族紛争、管理者不在、環境汚染、盗掘、都市化・開発、農地化、密猟、人口増加、景観破壊など )に起因するものがあります。
なお9割以上の危機遺産は人災に起因して指定されたものです。

世界の数ある遺産の中に秘められたストーリーまではなかなか知ることが難しいかもしれなくても

何が認められたのか知ることで、目に入ってくるものは変わる。

そして、もしかしたらあなたの"世界観"も変わるかもしれない。



海外でミュージアムを訪れた時に無料のガイド付きの観光があったら、音声ガイドがあったら、

みなさんはどうしますか?

僕は自分のペースでまわれないツアーガイド付きはあまり好まないけども、音声ガイドは出来るだけ利用している。

やっぱり出来ることならその場所のストーリーを知りたいから。




"価値観がひろがった、世界の多様性を知った。"


ぼくを含めた旅人は簡単に誤解する。

世界を巡ったからといって"多様性"を自分の中に養えられるわけではない。

自分だけの狭い価値観に閉じこもりながら旅することなんて簡単だ。


猫なんか特にそんな感じ。自分の価値観だけでしかいきてなさそうだ。

愛想を振りまいても、簡単に裏切る。それがまた小悪魔的で、魅力なんだろうけどね。

むしろ、ここまで自分の価値観にこだわれたらもうそれは"強さ"なのかな。


それにしても、トルコの猫は可愛いなあ。。。


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2012年12月1日土曜日

あなたは旅にどんな本を持っていく?


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チャイのコップは投げられた。 コルカタで道を歩いていたら、、、どう受け止めるかの葛藤。
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インドなんて嫌いだよ。    だれがこんな国をすきになる?。。。。。でも、僕は嫌いになれなかった。
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旅人のみなさんは、旅にどんな本を持ち出しただろうか?

どんな想いを込めて、こころに決めた本を持ち出しただろうか?

これから旅立つ人は、荷物いっぱいのバックパックにどんな本を詰め込むだろうか?

その本は自分にとってどんなものだろうか?

僕はその本を読んだことで何を得たかったのか?

旅の長い長い移動時間を、かけがえのない時間に変えてくれる友を持とう。



"旅に持っていく本って大事だと思う。"





旅本、歴史、自己啓発、ビジネス、小説、漫画、アニメ。



"自分が好きなものならなんでもいい"



読む人の"好き"が何にも邪魔されない素直な気持ちだろうし、

流行や話題の本よりも自分のこころの奥深いところに届くような

"大切にしてきた考え"や"大切にしたいモノ"がその中に含まれていて、

いつか自分の中の軸になるはずだから。

自分の気づかないところで、僕らは共通の"なにか"をもっているんだきっと。



少なくとも僕にとって、僕の旅にとって、本がとても大きいものであったことは間違いない。




大事で、大事で捨てられない一冊を持つ。

もしまだ出会えていないのなら、捨てられなくなるような一冊を探しにいこう。


僕は"童話"をもった。

"アルケミスト、星の王子さま、モモと時間泥棒"

旅に出ると多く気づかされる子供の頃持っていた素直な気持ちや感覚、

それを思い出させてくれる、言葉にしてくれているのが童話だった。


僕たちも学んできたはずなのに忘れてしまっていた、人間らしい生き方。

子供にわかりやすく伝える物語のなかに、どれだけ人生の大切なことが詰まっているか。

それが童話だった。



これから自分の足で立って歩いていく子供へ。

自分の足で立っているはずが、社会という壁に寄りかかることしか出来なくなってしまった大人へ。



「星の王子さま」を書いたサンテグジュペリは本の最初にこう述べている。

「この本は"子供の為に書いたものではない。ある友人に贈るもの"」




童話は短くてすぐ終わってしまうのではないか?



じゃあ、何度も読んでみよう。



人生とはなにかを教えてくれる童話は、その時自分の持つ悩みに本を通して教えてくれる。

おなじ物語でも、自分が持つ悩みや考え、気持ちによって物語の風景は変わる。

一度目に読み流した言葉の中に、次に読んだ時には明るく輝く言葉が浮き出てくる。

"童話"にはそんな不思議で素敵なところがある。



パウロ・コエーリョ作 "アルケミスト"は夢をあきらめないこと、夢に向かう勇気を

サンテグジュペリ作 "星の王子さま"は日常に潜む常識を疑うことを

ミヒャエル・エンデ作 "モモ"は人生の時間の使い方を

そしてひとつの本が全部の物語を通して、人生の大切なことをその物語から僕に教えてくれた。

読むときは頭ではなく、こころで読んでみてください。




僕の場合は、"地球の歩き方"などの旅行ガイド本はいっさい持たなかった。

実際に「まったく必要なかった。」と"僕の旅"ではいえるけども、それは僕がそこそこの英語でコミュニケーションは取れていて、万が一の危険な状況にも陥ることがなかったからかもしれない。

とある国の基本知識や計画を決めて、予定を詰めたい方には、やはり役立つだろう。

手を差し伸べてくれることは確か。

ただその旅がガイドブックのいいなりになってしまうような気がする。

せっかくのあなただけの旅に、あなたらしさや予想もしないドキドキに出会おうとする意識を家に忘れないで。



それと違い、時間の縛りが比較的緩い旅人は思い切ってもう捨ててしまおう。

インターネットで最低限のことは調べられるし、

長い旅の途中でデータとして旅人同士であげたりもらったりもする機会が必ずといっていいほどある。

情報が欲しい時には、日本人宿も利用してみるといい。

おなじように思う旅人に出会えるかもしれない。

置いてある"地球の歩き方"をじっくり読むことだって出来る。

その国の観光を楽しみたいのであれば、「るるぶ」などの観光月刊誌も読む。

どうせ新しい国にはいる直前にしか読まないのであれば、あたまにはいらないのであれば

その本を別の一冊に変えることをおすすめしたい。



インド人のぼったくりしようとする観光ガイドがある時、僕に名言を言った。

「地球の迷い方持ってる?」

地球の歩き方はある意味、彼らにとって"カモ"の印だった。

たしかに街を歩いてる時に、歩き方を持って道をさまよってる人を見つけると

"迷ってるなあ"と思わされる。

危険な森をあるく、アヒルの子みたいに、弱々しい。。。


本に頼らずに、読むのが苦手な地図に惑わされずに、自分の意志と人に尋ねることに頼れば足取りはふらつかない。


一冊だけマンガをデータで持っている。それは"宇宙兄弟"。

「マンガって世界を変えるちからがあると思う。」

それは言い過ぎても、ひとりの人間の世界観を変えるくらいの力はある。

言葉に、キャラクターの生きる姿勢に、学ばせてもらうことは多い。

本を読むのが苦手な人はぜひデータ化して、iPhoneで読めるようにしたら移動時間は苦にならない。


僕の文章の中にも実はたくさん本の言葉や考え方から学んだことを応用してる。

僕の経験を通して、得た実体験から。


最後に、ある意味で"旅"って2通りの仕方しかないと思ってる。


"いままで自分がどう生きてきたか。" か "これから自分がどう生きたいか。"

どちらも自分らしさのある旅ではあるけど、

普段通りの自分で旅しても、いままでの生き方以上のことは旅ではほとんど起こらない。

もし自分の現状を脱する機会を旅のなかに見出したいのであれば

"これから自分がどう生きたいか。"を強く強く意識して旅する必要がある。

その理想像を本や言葉の中から探して、旅してみたらいいんじゃないかな。


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2012年11月27日火曜日

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世界一周ブログランキングって、旅人にとってなんだろう?

世界一周ブログランキングって、僕にとってなんだろう?



昨日も少し触れた、世界一周ブログランキングについてのぼくの想っているところについていろいろと。


僕は旅で世界一周ブログランキングに参加している人に数人あった事がある。

そうでなくともブログを書いている人、日記を書いてる人。


ブログと日記の差はなんだろう?

インターネット上に公開され、人の目に触れるブログ。

自分だけのノートに、自分の文字で書き残す日記。

僕は日記も好きだなぁ。。。出来る事ならノートに日記も書きたかった。

きっと書き込む内容はもっと荒々しかったり、深さがなかったり、落ち込んだものかもしれない。

勢いにまかせて書き込まれた、どうしようもない文章になりそうだ。

いや、実際なるだろうな。。。

僕はインターネット上に公開する事でそんな自分を律して、考える機会として人の目に触れるブログを選んだ。



ただ日記には味や深みがある気がする。


日記はあくまでも"自己完結"。

自分への自由な問いかけに、嘘の必要ない気持ち。話を無理に終わらせる必要もない。

悩んだら、明日もおなじ事を考えていい、それを書いたらいい。書きなぐっていい。

自分と一緒に育ってきた、自分の文字。

感情に左右されてしまったときの汚い文字、落ち着いた気分を表すような端正な文字。

書く意識とは遠いところに、その記憶も保存される。

旅を終えた後、そしてその本を開いた時、"記憶"というフィルムがあたまの中で上映されるかもしれない。



もうひとつの味は"ノート選び"。書くひとの個性が出る。それとも海外で買う?

表紙はどんなデザインか?よくある勉強用のKOKUYOノートだろうか?

中身のページはどんな種類が書きやすいか?まっさらなものか罫線がはいったものか?

書き始める前から書店で悩む、わくわくした気持ち。


ブログに関していえば、"つながる事のなかったであろう人との言葉のやりとり"だろうか。

それは自分におさまらないし、コントロールは難しい。

ただ何につながるかわからない、大きな可能性も秘めている。



たぶん、ブログランキングに参加している人はみんな考えた事があると思う。



"どうしたらランキング上位になれるか"



僕が世界一周を計画した1年半前から読み出した世界一周者のブログ。

そのなかから感じた事は、"いかに自分をブログの中に表現できるか"であった。

そこで重要になるのは"旅の質"ではなくて"文章力"になってしまっている気もする。

それは"書き物"なのだから、あたりまえなのかもしれない。


それでもたまに見かけたことがある、自分のキャラクターとは違う自分を演じてブログを書く人。

以前の世界一周者の雰囲気を真似てブログを書く人。

目的に即する個人の目標の意味合いは変わるからなんともいえないけども、

自分の外で語った自分の文章を、その物語を、旅を終えた時に自分で読み直したいと思うか。

ずっとずっと残したいと思えるか。

なにより書いている時に辛くないか。

自分自身の経験を、自分と違う自分で書く事が楽しいのか。気持ちいいだろうか。

きっと僕は耐えられないだろうなぁ。


でも、とある大学生の世界一周者が成し遂げたように考え抜いて計算し尽くして、

人のこころを自分の示すところに持っていった文章をかいた人もいる。

悪くいえば人の心に嘘をついていたことにもなるが、その文章で動かされた人の気持ちは本物だった。

それにその人は世界一周よりももっとおおきな目的を持っていたからこそだろう。

だから、僕はその人の文章を尊敬する。それに僕も魅了されていたひとりだ。

生きた情報ってなんだろう?

僕は宿の情報や、バスの乗り方、料金はいくらか、というのはブログに書かない。

それはその直前でしか憶えられないものである気がするし、どうせ現地で旅人は確認する。

それに、"表現"でもない。ひとのこころは動かない。

だれかの助けになるかもしれないけども、その情報交換は無機質に感じられる。

それは多くが"自分とは切り離されたデータ"でしかないから。そこに、"情報"はない。

そのブログを訪れたひとは自分の知りたい事を知れたら、それでそのブログを閉じてしまう。

そんな風に僕のブログはされたくなかった。

(旅の終わりに宿泊した大好きな宿のまとめはしようと思う。)


"ひとに自分のこころを開いたぶんだけ、ひとからもこころを開いてもらえる。"

僕の考え方の参考になったひとの言葉。

ひとと話す時に大事な事。ひとと出会った時に大事な事。

それはそのままブログにも通じる。

ブログもまた言葉と言葉を通してのコミュニケーションだから。

少年みたいに素直でいたい。でも思慮深くありたい。

最近、僕のブログを読んでくれている旅人の方でおなじくブロガーの方と偶然出会えた。

そこで言ってもらえた事は"気持ちを素直に書いているね"という事だった。

そして思い返してみると、仕事をしていたときも、部活動に励んでいた頃も、

僕は"素直さ"を認めてもらっていた気がする。でもまだ本当は"素直"って言葉はピンと来ない。

その代わりに"気持ちに正直"といわれたらピンと来るし、

自分でもそれをとことん突き通そうと思っていることは確か。

まだ具体的に自分に落とし込めてはいないけど、そう遠くないうちに自分の中に落とし込みたい。

それが僕の欲しい、自信になるかもしれないから。



旅に出て、僕は逆に他の人の世界一周ブログを読むのをやめた。

自分の世界と考えを大事にしたかったから。

ぼくなんてまだまだ未熟で30位代に入るのがやっとだし、

「僕みたいに、、、」とは死んでも言えないけど、

読者の目線から見たら、もっともっと自分の考えを大事にして、

主張してくれる旅人さんブロガーが増えればもっと楽しくなるなあと思う。

だから僕、風俗のこと書くひとのブログも好きで考えてる事はとっても面白いと思う。

僕の知らない世界だし、びびりだから行こうとは思えないんだけどね。



意見の主張は"自分の考え"をまとめなきゃいけないけど、自分を育てるきっかけにも

世界一周ブログを読んでくれる人が増えるきっかけにもなると思う。

そしたら世界に関心を持つ人も増える。僕らの好きな旅に出る人も増える。

いい事づくめですね!



ブログ×自分ができることってなんだろう?

自分のかける文章、書きたい文章を誰にどう役立てたいんだろう?

何を伝えたいんだろう?


ブログなんて自己満足だけども、"主張を持って大事にする事は自分を大事にする事"のような気がする。

押し付けるのではなくて、自分を大事に表現したい。



今日は偉そうにすみませんでした。

旅人ブロガーさんとの出逢いも楽しみにしています!

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2012年11月24日土曜日

"日本人宿"は好きですか嫌いですか?

はじめて訪れていただいた方、ありがとうございます。
僕の旅エントリーのおすすめです。ぜひ、読んでみてください。
〜風景〜
また会いたくなるところ。   チェンマイにある日本人の知らないダムに浮いたゲストハウスの記事。
自分だけの景色を探して。   ダージリンで眺めた茶畑の美しさに目を奪われた。

一生一度の沐浴。       インド人と並んでガンガーに浸かる。一生に一度の経験。
瞑想のその先に。       インド、ジョードプルで瞑想に挑戦してみたときの場所が絶景。

ダハブな生活。        海に、街に、人に恋してしまうダハブの日常の魅力。

〜想い〜
欠けたもの、気づけたもの。  いざ世界一周に出て知った自分の弱さや本当に求めていたもの。
時間と僕。          小さい頃、時間は友達だったはずなのに。。。いまは競争相手だ。
チャイのコップは投げられた。 コルカタで道を歩いていたら、、、どう受け止めるかの葛藤。
愛はいつも行動の中にある。  昔の恋愛で見えなかったことがすこしづつ見えてきた時。
インドなんて嫌いだよ。    だれがこんな国をすきになる?。。。。。でも、僕は嫌いになれなかった。
夢を見つけた時。       人は夢を探してるのに、本当に見つけたらどんな気持ちになるかな。ぼくは。。。


ある世界一周者のブログの文章。 
僕が世界一周ブログを書くにあたって考え方を参考にしたブログ。
僕のブログが終わる時、僕自身がこんな人間になっていたいし、読む人にもその考えが伝わるように。 


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トルコからまた気持ちを入れ替えてエントリー書きます。しっかりと気持ちを込めて。


今日は"日本人宿"でも古くから多くの旅行者に利用されてきた"日本人安宿"について。


トルコではイスタンブールにある日本人安宿"Tree of life" で滞在している。

数えきれない程の旅人が床に着いたであろう、決して綺麗とは言えないドミトリーに

ジャンプ漫画から少女マンガ、小説、都市伝説まで豊富な種類の本が棚に並ぶ。



リビングにはいつも誰かがいる。



みんなでごはんを食べて、横になったり自由気ままに過ごす家みたいなところであると思えば、

時に旅の経験やたわいもない話で笑い合い、時に将来のこと世界のことを真剣に話し合う会議室にもなる。

そうやって積み重ねられてきて育まれた宿の雰囲気に、彩りをつけるのはその時に集まった"旅人の個性"。


"シェア飯"と呼ばれる旅人たち自らでつくる食事のシェアも魅力のひとつ。

安く、美味しく、そして食事をみんなで囲んで食べる時の味は、味覚だけでは感じきれない。

ここツリーオブライフには管理人さんがいて、毎日手の込んだ日本食風の料理をつくってくれる。

まるで母親がいるみたいだ。

みんなで声を合わせる「いただきます」は小学校の給食よう。





日本人宿とは"客の多くが日本人で占め、情報交換が出来る日本人コミュニティのような宿"。

古くから書き溜められた"旅の情報ノート"や地球の歩き方が置いてあったり、すでにその街を旅した旅人から最新の情報のバトンを受けとれる。そしてその情報はまた違う誰かへ。

訪れると居心地の良さから長期滞在や観光の目的を失ってしまった"沈没"もいることがある。

その独特の雰囲気は慣れにくいかもしれないけど、そこにつっこむ価値はある。

彼らがその街を熟知していることは確かだし、その善くも悪くもあるだろう価値観に触れて学べるものもあるから。



たまにどこからか「海外に出てまで日本人宿や日本人とつるむだなんて。。。」という声も聞くけど

その人が"日本人宿が好きか嫌いか"なんてどうでもいい。

(汚いが理由の場合はどうしようもありません。笑)


その理由が"海外に出たなら海外の人や文化に接するべき"なんていうのは価値観の押しつけでしかない。

理由にはならない。

海外文化や人に接するのに宿で偶然のいい出会いにこだわるよりなら

もっと日中の時間に積極的に現地の人に向き合ったほうがいいと思う。

自分の好きなことや自分自身を海外で強く主張してみればいいと思う。



"海外文化に接する"のはとてもいいことであるのは誰もが認めること。

ただそれが旅人の海外に出て身につける大切なことのすべてじゃない。1番でもない。



日本人宿を使うか使わないかはその人の"旅の目的"による。その時の心境にもよるかもしれない。


大事なのは"自分のなかでの目的の使い分け"


海外でしか出会うことのなかったであろう素敵な出逢い。

自分がまだまだ経験も出来そうにない価値観との出逢い。

仕事や社会に関する大人の方達の経験との出逢い。


もし"自分を変えよう"とおもって旅をするのなら日本の価値観でおさまらない

海外での日本人の旅人との出会いを大切にすることをおすすめする。
(英語が出来るなら海外の旅行者ももちろんいい。)



日本のなかの価値観にしか出会えない?



そんなことない。

すでに旅を長くして日本の価値観なんて多くの価値観のなかのひとつでしかない人、旅をしておなじように価値観の移り変わりを感じる人との出逢いがある。



ゆっくりできる落ち着ける環境の中で自分の価値観を"人との出逢い"で壊していく。



それもまたいいんじゃないかなとおもう。

知識もない人や感じるつもりもない人が美術館をまわったって得られるものはそう大きいものではない。

感じたつもりでいるよりなら"人との会話"を深いところまで持っていくほうがためになるとおもう。

それは本当は日本でも大切にできる。海外でやることはまたちょっと違うのだけど。



グローバルの波が押し寄せてきて社会は過剰にグローバルを煽る。

それに反応できない僕ら日本人もなかなか鈍感だと思うけど、反応しだすと過剰に受け入れられて独自の文化を失っていく日本がいそうで心配。


価値観を増やしても日本で生きるのなら、多くのひとが立ち返るところは日本の価値観。

やはり大切なのは日本であり、僕らは日本の価値観を愛してからこそ、世界の価値観をしっかりと客観的に受け入れれるようになる。

自分の性格を"個性"と呼ぶように日本価値観もまた世界に対して"個性"。

個性を大切にしろって言ったり、普通が一番って言ったり日本は右往左往。


強い人間が自分のコンプレックスも含めても強くあるように、日本人のこころの中の"日本の価値観"も弱みを知って強くなきゃいけないと思う。


そんな"強さ"をもった旅人の方との出逢いもきっとあります。


大切にしてみてください。


旅に出たらぜひ日本人安宿も利用してみてください。

あなたがどんな雰囲気を勝手に感じても、旅人は人を受け入れることに関してはうまい人たちが多いですからね。

僕もまだまだいい出逢いがあるといいな!


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2012年10月14日日曜日

インドで髪を切る。

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インドで髪を切る。

半年の旅、日本にいたら2.3回髪を切りにいくはずだが、海外で髪を切ることが僕にとっては大きな問題。

出発から1ヶ月半、前に髪を切ってから2ヶ月半が経とうとしていた。
僕の髪は美容師さんも驚くほどの直毛。

海外では更に珍しい。湿気にも絶対負けないから、トレッキングで出会ったサラとか僕の髪をクレイジーとも言っていた。

インドの床屋がどういうとこか想像着くだろうか。
一回40ルピー(80円)で終わるその世界はシャンプーなんてもちろんない。
鏡と身体をおおうシート、バリカンと普通のハサミがあるだけだ。
「すきバサミ?刃こぼれしたはさみ?」とか言いそうだ。

コルカタでずっとボランティアしていた先輩がインド人にカットしてもらっていたが、
襟足の角度などある意味見事だった。オーダーする自由なんてのも当然ない。
その店の席に座ったらその床屋にすべての主導権は握られる。


みなさんは知っているだろうか。
日本の美容師さんたちは世界で1番と言えるくらい高いレベルだと。

それだけ、日本人の髪の毛に関するこだわりがすごいからこそ、求められるものも高くなったのだろう。
僕もその恩恵をがっつり受けてきたほうなので今更、中学の頃の坊主のような悪夢を見たくない。

僕を救ってくれたのは、ボランティアで出会った夏子さん。
あっさりとした性格で、とっても人当たりのいい印象だった。
日本で美容師のお仕事をしていて、今はお客さんのお話に影響を受けてボランティアメインの旅に出ている。
ダーリンは外国人。

夏子さんに切ってもらう為に、持ってきてたすきバサミの他に普通のハサミも用意をする。

問題は、どこで切るかだ。公園?道端?ホテルの屋上?

僕は提案した。「インドの床屋に頼んでみませんか?」

夏子さんも面白そうとのってくれた。
そうして、インド人に尋ねてついた先が彼の店。
「SHAAN KHAN HAIR SALON」
このあたりで一番有名で、人気のサロンのようだ。


ドアを叩いて開く。軽いドアのように、軽く跳ね返されてしまいはしないだろうか。

「お願いがあります。僕は彼女に髪を切って欲しいんです。ここの道具を借りてもいいですか?」
店にいた満員のお客さんも僕たちに釘付けだ。
「問題ない。じゃあ、30分後に来なさい!」

いったん、店を出た僕ら。お店のドアのような軽さで、なんでも受け入れてくれるような美容室だった。

30分後、相変わらず満員の店内で、数少ない貴重な一席を借りた。
「それでは夏子さんよろしくお願いします。」


作業のひとつひとつが細かい。他のインド人のお客さんも興味津々。
夏子さん、インドでの就職先は前途洋々です。

僕がカットを頼みたくなる美容師の方はどんな技術がある人より、自分の要望にしっかり耳を傾けてくれる人。
要望を聞いているようで、自分のイメージの型に当てはめてしまう人はある意味、インド人の床屋と変わらないかもしれない。


真剣に、それでも会話をはさみながら、不思議な雰囲気を感じながら僕の髪が少しずつ短くなっていきます。

スッキリしました。「ちょっと難しかった。」という夏子さん。
本当にありがとうございました。


お店のオーナーにお礼をいい、いくら払えばいいかなと尋ねる。
「お金なんていらないよ。」

気持ち分のクッキーを渡して、写真を撮って僕らはその場を後にした。
やっぱインド人優しいよ。


「人生できっともうこんなことしない。」
そう笑って話す夏子さん。
夏子さんには手間をかけさせてしまったけど、貴重な時間を共有できました。
出会えた事に感謝。

夏子さんとは、また日本でお会いする約束です。
その時にまたこのブログを開こうと思います。

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